全国高校サッカー選手権の決勝は昼過ぎに国立競技場で行われ、千葉県代表の市立船橋高校が3連覇を狙う長崎県代表の国見高校を1−0で下して優勝した。

 試合の始まりは、3連覇を狙う国見が攻勢に出た。中盤の柴崎、渡邊、そして前線の松橋は特に興味深いプレーを見せつけた。市立船橋の不利は否めなかった。松橋と渡邊がドリブルで突破を図り、ボールが宙に浮けば長身のFW平山が制した。国見の先制ゴールは時間の問題かと思われたが、意外にも前半40分を終えた時点の結果はスコアレスドローだった。市立船橋はよく耐えた。しかし、賞賛されるべきは耐え切ったという結果に留まらない。彼らは守備を余儀なくされながらも失点の危機感より得点意欲を強く持つことを忘れずに続けた。その隠されたベクトルは、ハーフタイムを経て向きを変えると目に見えるものになった。

 後半は開始早々から前半とは打って変わって、市立船橋が怒涛の攻撃を展開する。しかし、国見には昨年末の天皇杯では国士舘大学を破り、Jリーグ王者のジュビロ磐田とも対戦した経験がある。たやすく崩れる牙城ではない。後半19分、市立船橋が左サイドから中央へ放り込んだクロスボールも当然のごとく国見のDFにクリアされた。ところが、そのボールが市立船橋の右サイドMF小川の前に転がった時だ。彼の右足は弓と化し、前半戦で絞りに絞った弦が自由を得ると、放たれた矢は勢いよく国見ゴールへと突き刺さった。

 その後の国見は、まさかのダウンを喫した王者が焦ってポイントを取り返しにかかるように市立船橋を攻め立てた。中盤の底から効果的な配球をしていた柴崎を攻撃的MFの兵藤と配置交代させ、残された時間内により多くのシュートチャンスを求めた。市立船橋は、国見が本来の形を崩しながらも繰り出す左右のパンチに対し、避けるのではなく押し返す作戦を選択した。それでも国見の押しが強く、幾度となくCKの場面を迎えた。時間的に大会得点王は間違いない平山が、DFの巻が次々とヘディングシュートを打ち込むもついにネットを揺らすことは出来ず、国見は一矢に倒れた。

 試合内容を改めて振り返っても、実力では国見が一枚上だった。勝利に喜ぶ市立船橋の姿には、ほのかに奇跡の臭いがした。それは同じ「奇跡」でも、“象をも倒す”ハードパンチャーとして無敵を誇ったジョージ・フォアマンに攻めさせるだけ攻めさせて、自らはロープにもたれることで疲労を避け、終盤にスタミナの差を生かして反撃する“ロープ・ア・ドープ”なる巧みな戦術をこしらえたモハメド・アリが起こした『キンシャサの奇跡』ほどは仕組まれた香りがせず、自然体だ。試合後、決勝点を挙げた小川は「ボールが良いところへ転がって来たから、思い切り蹴ったら入った。良かった」と素直に語った。あの鋭い弾道は偶発的なのか必然的なのか。しかし、どちらにせよ、陶酔に足る美しい流れ星そのものだった。

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