「私はね、12ミリに凝っているんですよ」
 美容室とは名ばかりの床屋のオッサンが鏡越しに話しかける。頭の側面を5ミリに刈りながら、話は続く。3ミリの坊主は手抜きだと言う。手入れが大変な12ミリの坊主ことオシャレだというのが、オッサンの持論だった。分かったような分からないような話だったが、短髪が長髪にはない“ミリ単位の芸術性”を持っていると考える点では通じるものがあった。

 その後、興味があったわけではないのだが、そのオッサンがかつて野球少年だったことを知った。東尾が現役だった頃は西武が好きで、今は日本ハムを応援していることも。オッサンの口は止まらなかった。曰く、監督はショートかキャッチャー出身の者が良いと。阪神がいくら強いと言っても、ロッテに圧勝を許す程度のものであると。そして、オッサンは突然思い出したように「ひょっとして、阪神ファンじゃないよね?」と聞いてきた。すると、オッサンは面白いことを言い出した。
「この業界じゃあ、政治と宗教と野球の話はダメなんだよ。野球は、巨人が大好きな人と大嫌いな人がいるだろう?」
 なるほど、どっち向きに話をしても半数の確率で客を怒らせてしまうというわけだ。

 散々に掟破りを働いておきながら何を言い出すのかとも思ったが、なかなか面白い言葉だと思った。そして、僕の髪がなくならなければオッサンの話は終わらないようだった。サッカーには興味がない。バレーボールは、ルールが変わり過ぎた。横浜マリノス? それは1969かい? ジーコはカッコイイな。カズなんかまだやってちゃダメだ。……。

 会計は、おばちゃんがしてくれた。カットのみで3000円というが、どうしてもオッサンに講釈料を取られたような気分にしかならなかった。髪は短くなっていた。

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