代々木の東京体育館から緊急連絡。試合撮影カメラのバッテリーに異常が発生したという。予備のバッテリーをわたすため、汐留から国立競技場前へと向かった。会場に着き、一般客の入口で警備員に「取材者入口はどちらですか」と聞くと「よく分からないけど、あっちの方」という、とんでもなくアバウトな答えが返ってきた。ひとまず、そちらへ向かい、ようやくそれらしい場所を見つけた。久々に代々木を走って、ある昔話を思い出した。

 オフィスが表参道にあった時代があった(まだ表参道ヒルズはなかった)。代々木競技場から“鬼編”の電話がかかってくる(編集長なのに、なぜか外取材。オフィスにはいない)。
「ノートパソコンと小さいデジタルカメラを2人分、持ってきてくれ。もう試合始まるからな! 急げ!」
 とある格闘技大会の取材だった。試合開始30分前に「急げ」ではなく、電話をかけるタイミングをもっと急いでほしかった。

 ナイロン製の袋を二重にし、機材を入れてオフィスを出た。表参道から明治神宮前までは、赤坂通り1本でつながっている。タクシーを使いたいところだが、渋滞するようなら走った方が早い。週末だった。デートを楽しむカップルが腕を組んで歩く表参道を、僕はパソコンとカメラを抱えて全力疾走した。「なんだ? 何かの撮影か? いや、犯罪者か?」――背中に嘲笑と冷たい視線を受けて、とにかく走った。途中、ナイロン袋が破け、交差点にソニーのVAIOとサイバーショットがカランコロンと転がった。まるで万引き小僧のような状態だったが、慌てて機材を拾って脇に抱え、競技場まで走り抜いた。

「着きました」――息を切らせて電話口で報告する僕に、“鬼編”は言った。「今日、取材を手伝ってくれる○○君が入口の辺りにいるから、機材を渡して使い方を説明してやってくれ」。聞いたことのない名前だった。見たことも聞いたこともない人を、動物の勘で探り抜いた。不安丸出しの顔を見つけ「○○さんでしょうか?」と聞くと、見事に的中した。おそらく、相手も理不尽な報告を受けて困惑しているはずだという読みは、ズバリ当たった。簡単に機材の使い方を説明し、今度は手ぶらでオフィスへ走る。なぜ、帰りも走るのか。それは、その競技場からメールで送られてくる原稿を受け取らなければならないからだ。残りは、10分。今度は荷物がなく、道も下り坂。機材をナイロン袋などに入れて向かったのは、この帰路を急ぐためである。迷惑な男は、またもやデートスポットを引き裂くように駆け抜けた。

 さて、話を今日に戻す。僕がたどり着いたのは、残念ながら報道関係者の入口ではなく、選手の入口だった。しかし、あまり場所を変えても、取材者が僕の位置を把握できなくなると思い、その場所を伝えた。すると「じゃあ、会場を背にして右手に行って」と指示があったので、そちらへ向かう。相手は僕の位置を把握しているような口ぶりだった。「右手に階段があるでしょ?」そこにあるのは、交差点だった。「○○があって、○○があるでしょ?」ない。結局、その後も言っていることがさっぱり分からないので、一般のお客さんの入口に戻り、そこからの道順を電話で聞いた。代々木を走ることは二度とないと思っていたが、まさかの再現だった。

 電話からの指示は、最初の警備員の指示とはまったく逆方向だった。
「左側の通路に出て」体育館は右手にある。
「え? 通路? 体育館は右手だよ?」
「うん、通路に出て」
「え? 左手の道路のことを言ってる?」
「うん、道路、道路」。ふざけんな。
「そこを真っ直ぐ行くと、右手に螺旋階段があるから、そこを降りて」
「螺旋……じゃない階段はあるけど?」
「うん、それ」螺旋じゃないなら、螺旋とか言うな。

 それより、機材を運ばせた挙句、自分は動かないとはどういうことなのだろうか。その人の手がすくのを、僕は会場の外で待っていたのにも関わらず……。

 そして、ようやく目的地にたどり着き、機材を渡す。顔も見たくない気持ちで、来た道を戻りかけた。すると、そこには駅の出口が……。「取材者入口には、この出口が近い」と、一言言えなかったのだろうか……。なぜに、こうも理不尽に僕は代々木を駆けるのか。

コメント

お気に入り日記の更新

最新のコメント

日記内を検索