ジーコは、きっと振り返るだろう。監督として初めてワールドカップに臨み、無残な逆転負けを喫した一戦を。

 1点リードで残り10分を迎えた日本は、オーストラリアに立て続けに3点を奪われて敗れた。大きな敗因を一つだけ挙げるなら、ペースを奪い返した後半に2点目を奪えなかったことだろう。なぜ、それができなかったのか。理由は複数あるのだと思う。その中には、ジーコの采配が及ばなかったことも含まれるだろう。

 今大会、監督としてのジーコが何をするのかが僕の最大の関心だ。彼を評価しない人も多くいるが、現時点での戦術的判断力あるいは指導力でいきなり優秀であるということは望むべきものではないと思う。ブラジル代表チームの監督補佐役を務めたことがあるとはいえ、初めて監督を務める人物だから。その点を求めるのであれば、ジーコではなく別の監督に期待するべきだと思うわけだ(それがかなわないから文句を言っているのだろうけれども)。

 僕は、彼が日本代表を率いた4年間で監督として成長していると思っている。また、彼の信念に曇りがないことに“大化け”の可能性を感じている。少しずつの進歩と、その信念が、このワールドカップで見せ場を得る場面があるのではないか、と。

 しかし、オーストラリア戦にその場面はなかった。むしろ、相手のヒディンク監督の采配が効果的だったから、ジーコの采配は随分と無力に感じられた。例えば「大黒の投入が遅過ぎる」とか「中村はもっと早く交代させるべきだった」とか、意見はいろいろとあるだろう。でも、僕はもっと前の時点でのミスが響いたのだと思っている。今さらながら、ジーコの選手選択は大きく間違っていたと思うのだ。

 単純に「あの選手を入れるべきだった」とか、そういうことを言いたいのではない。ジーコは途中出場で期待をかける選手を、大黒一人しか連れて行かなかった。あとのメンバーは、少なくともジーコの構想では「先発のバックアップ」だと思う。選択は誰でも良いと思う。ジーコが切り札として使う選手であれば、それが平山であろうが、大久保であろうが、松井であろうが(僕は松井や長谷部を入れるべきだったと思っているが)。より厳しい見方をすれば、選手に頼り過ぎたと言えるかもしれない。ただ、ジーコの場合、これは諸刃の剣であるように思うから、難しいところ。しかし、使えない剣では、意味がない。

 過度のプレッシャーがあったのか、選手を信じるという信念の見栄を張ってしまったのか。ジーコは、切り札を1枚しか持たずにドイツへ向かった。結果、オーストラリア戦では、逆転されてから大黒を投入する形となってしまった。1枚の切り札の使い方としては、おそらく間違っていないだろう。しかし、勝つためにはその前にもう1枚の切り札が必要だったように思う。

 今すぐに冷静な分析をすることはできないだろうし、今は必要のないことだと思う。それでも、ジーコはきっといつか、この試合を振り返ると思う。その時、彼は何を思うだろうか。僕の考えは選手選考のミスであり、選手に頼り過ぎ、監督が力を発揮する形での勝利を拒んだことにあるというものだが。いつか、ジーコに聞いてみたい。W杯が終わった後とか、そういうタイミングではなく、遠い未来で。

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