其処カラ何ガ見エルカ 【10月17日(金)】
2003年10月17日 口先だけの生意気坊主が知り合いの好意で仕事場を獲得してから、1年8カ月が過ぎた。1カ月間の期間限定アルバイトから始まり、今年の4月に契約社員になり、今回は条件付きながら正社員雇用の話が来た。正直なところ少し迷っている。
時給が1000円をオーバーし、1カ月の労働時間が300時間近い僕は実際のところ(このキャリアにしては)かなりの給料をもらっている。まずは、正社員になることで労働時間の増加と給与の減少という割りの合わない話が想定される。その上、管理上の問題による面倒が増える。一方で、発言権は強くなるし、会議にも出席できるし、仕事をもっと多くの人間に見られ評価される。プラスもあればマイナスもある。でも、一番の問題はこれらの話ではない。
大きな不安が2つあるのだ。1つは、いまだ文章を書く人間として独り立ちできない能力の低さ。ほかの能力も並行して上げていかねばならないが、文章を気遣う時間が減るのではないかという不安がある。もう1つは、実際のところ会社の方針に疑問があること。正社員雇用に条件が付けられているということは、会社の僕に対する信用は今ひとつなのだろうが、こちらも信用できていない面がある。そんなバランスのまま責任を負えるのか。
まあ、いずれにせよ、自分をもっと厳しく見なければ本当の意味での前進はない。ということに変わりはないけれど。
《今日のコトバ》
光の中で俺は自由か 光の中で何が出来るか (「自由」/eastern youth)
時給が1000円をオーバーし、1カ月の労働時間が300時間近い僕は実際のところ(このキャリアにしては)かなりの給料をもらっている。まずは、正社員になることで労働時間の増加と給与の減少という割りの合わない話が想定される。その上、管理上の問題による面倒が増える。一方で、発言権は強くなるし、会議にも出席できるし、仕事をもっと多くの人間に見られ評価される。プラスもあればマイナスもある。でも、一番の問題はこれらの話ではない。
大きな不安が2つあるのだ。1つは、いまだ文章を書く人間として独り立ちできない能力の低さ。ほかの能力も並行して上げていかねばならないが、文章を気遣う時間が減るのではないかという不安がある。もう1つは、実際のところ会社の方針に疑問があること。正社員雇用に条件が付けられているということは、会社の僕に対する信用は今ひとつなのだろうが、こちらも信用できていない面がある。そんなバランスのまま責任を負えるのか。
まあ、いずれにせよ、自分をもっと厳しく見なければ本当の意味での前進はない。ということに変わりはないけれど。
《今日のコトバ》
光の中で俺は自由か 光の中で何が出来るか (「自由」/eastern youth)
未来予想筒 【10月16日(木)】
2003年10月16日 毎月15日は月刊誌『ボクシングマガジン』(ベースボールマガジン社)の発売日である。昨日買い忘れてしまった僕は、会社へ向かう途中で本屋に立ち寄り、戸高秀樹が表紙になった11月号を手にとった。レジで雑誌を紙袋にいれようとする店員に「そのままでいいです」と言って代金を払おうとした時、丸い筒が多く入ったダンボール箱が目に付いた。それは、まるで未来から送られてきたかのような雰囲気を放っていた。
丸い筒を開けば、鮮やかな写真と2004年の365日が記されていることだろう。僕は、今年もその筒を買うつもりはない。1997年から飾っているカレンダーを張り替えるのは、辰吉丈一郎がベルトを獲った時かグローブを置いた時と決めている。
《今日のコトバ》
何か一つの特別なことはしていないけど、いつもどおりに特別なことをやっていますよ。(立嶋篤史)
丸い筒を開けば、鮮やかな写真と2004年の365日が記されていることだろう。僕は、今年もその筒を買うつもりはない。1997年から飾っているカレンダーを張り替えるのは、辰吉丈一郎がベルトを獲った時かグローブを置いた時と決めている。
《今日のコトバ》
何か一つの特別なことはしていないけど、いつもどおりに特別なことをやっていますよ。(立嶋篤史)
「日記だから」 【10月15日(水)】
2003年10月15日 寺山修司の『書を捨てよ、町へ出よう』を読んで「言葉でメシが食えるようになりたい」と思ったのは、高校生の時だった。それからしばらくして、あらゆる言葉への関心が強くなった。当時の感覚を思い出して、今の日記についての反省点を1つ見つけた。
言葉を用いるパフォーマンスに限定しても、様々な方法が存在する。そんな中で、最近はもっぱら「記事」を意識する。できているかどうかは別とさせてもらって、僕の中でのイメージは多くの場合「記事」を想定している。それはそれでもいいが、どうにもワンパターンだ。もしくは「報告文」で、これも簡単すぎて面白くない。
ところで、話が変わるが、こうしてインターネットを通じてコミュニケーションをとった(日記では一方通行の場合が多いが)人たちと、僕は会ってきた。いわゆる“オフ会”にも出席した。そんな時に思うのは、音頭取りの役目が大事だということ。どんな場でも同じことが言えるが、ネットのように互いの素性が分かり辛い場合は、特にその重要性は高い。時には僕がしゃしゃり出て、その役目を負う。そんな時、だれにどんな話題を振ったら面白くなるか。少なからず頭と感性を活用してボケる、ツッコむ、繋ぐ。その中で意識するのは個性が生かせるかどうか。他人の個性を引き出せるかどうかではなく、他人の個性の中からその場を面白くするために生かせる要素を引っ張れるかどうか。つまりは、他人が他人に気に入られるような場面を作れるかどうかということだ。それがうまくいけば、あとは勝手に話でもして楽しむだろう。そんなことばかり気にしていると、自分が置いていかれることも珍しくないが……。
さて、なぜこんな話を割り込ませたかと言えば、僕の日記は「日記」の面白さを引き出せていないなと気付いたからだ。せっかく日記を書くのだから、その良さを引き出そうと試みるのがいい。日記を書く時、「日記だから」は書いた後ではなく、書く前に使うべきだ。
《今日のコトバ》
「……したい」などという心はみな捨てる。その代りに、「……すべきだ」ということを自分の基本原理にする。そうだ、ほんとうにそうすべきだ。 (「剣」/三島由紀夫)
言葉を用いるパフォーマンスに限定しても、様々な方法が存在する。そんな中で、最近はもっぱら「記事」を意識する。できているかどうかは別とさせてもらって、僕の中でのイメージは多くの場合「記事」を想定している。それはそれでもいいが、どうにもワンパターンだ。もしくは「報告文」で、これも簡単すぎて面白くない。
ところで、話が変わるが、こうしてインターネットを通じてコミュニケーションをとった(日記では一方通行の場合が多いが)人たちと、僕は会ってきた。いわゆる“オフ会”にも出席した。そんな時に思うのは、音頭取りの役目が大事だということ。どんな場でも同じことが言えるが、ネットのように互いの素性が分かり辛い場合は、特にその重要性は高い。時には僕がしゃしゃり出て、その役目を負う。そんな時、だれにどんな話題を振ったら面白くなるか。少なからず頭と感性を活用してボケる、ツッコむ、繋ぐ。その中で意識するのは個性が生かせるかどうか。他人の個性を引き出せるかどうかではなく、他人の個性の中からその場を面白くするために生かせる要素を引っ張れるかどうか。つまりは、他人が他人に気に入られるような場面を作れるかどうかということだ。それがうまくいけば、あとは勝手に話でもして楽しむだろう。そんなことばかり気にしていると、自分が置いていかれることも珍しくないが……。
さて、なぜこんな話を割り込ませたかと言えば、僕の日記は「日記」の面白さを引き出せていないなと気付いたからだ。せっかく日記を書くのだから、その良さを引き出そうと試みるのがいい。日記を書く時、「日記だから」は書いた後ではなく、書く前に使うべきだ。
《今日のコトバ》
「……したい」などという心はみな捨てる。その代りに、「……すべきだ」ということを自分の基本原理にする。そうだ、ほんとうにそうすべきだ。 (「剣」/三島由紀夫)
どうなるK−1 GP決勝 【10月11日(土)】
2003年10月11日 ボブ・サップや元プロボクシングIBF世界ヘビー級王者のフランソワ・ボタらが出場した「K-1 WORLD GP 2003 開幕戦」をテレビで見ましたが、ひどい内容でガッカリ。選手の能力が低いわけではないように思いますが、大会自体の出来で言えば、名も知られていないキックボクシングの興行を観に行った方が面白いかもしれない(演出等はK−1の方がずば抜けていいけど)。12月の決勝大会は、どうなってしまうんだろう……。
ちなみに翌12日には後楽園ホールで新日本キックボクシングの大会があります。メーンは、日本ライト級王者・石井宏樹選手の防衛戦。僕は、石井選手のファイトスタイルが好きです。初めて新日本キックを観に行った時は、武田幸三選手がメーンだったのですが、石井選手の試合が印象深く、以来注目しています。残念ながら明日は観に行けないのですが、結果が気になります。KO勝ちで大きな舞台に進んでほしい。
ちなみに翌12日には後楽園ホールで新日本キックボクシングの大会があります。メーンは、日本ライト級王者・石井宏樹選手の防衛戦。僕は、石井選手のファイトスタイルが好きです。初めて新日本キックを観に行った時は、武田幸三選手がメーンだったのですが、石井選手の試合が印象深く、以来注目しています。残念ながら明日は観に行けないのですが、結果が気になります。KO勝ちで大きな舞台に進んでほしい。
注射の怖い27歳・男性から 【10月7日(火)】
2003年10月7日 健康診断に行ってきました。「病院に行くと病気になる」という上岡龍太郎の意見に同調する僕は、医療系が苦手です。まあ、苦手といっても嫌いなだけですが、今日は半ば本気でビビってる人間が隣にいたので、つられて僕まで怖くなったりもしました。会社の先輩であるタケウチさんは、大学時代の健康診断をサボっているため、検査は数年ぶりとのこと。中でも注射にビビるという子供じみた27歳を演じていました。ところが、実際に検査に行くとソワソワ感が生々しく、注射の際にロッカーの鍵を置き忘れてくる始末で「緊張しました」丸出し(笑)。あんたは退屈させない人だ。時々うっとうしいけど(爆)。
シッパイマン 【9月30日(火)】
2003年9月30日 ついに正月以来の連休を取りました。と言っても、1日目の休みの深夜に「翌日も休み」と分かっただけなので遠出はできませんでしたが。それでは、約9カ月ぶりの連休に何をしていたのかと言いますと、これが書けません(笑)。代わりに歌詞でも写してごまかしましょう。おやすみなさい……(爆)。
シッパイマン シッパイマン
どうするんだ 知らないぞ
シッパイマン シッパイマン
取り返しがつかないぞ
あーあ
シッパイマン シッパイマン
小さくなって消えちゃうぞ
シッパイマン シッパイマン
お面みたいなペラペラの
顔だけになっちゃった
シッパイマンの列に並び
シッパイマンは各駅で
シッパイマンは手すり強く握った
シッパイマン シッパイマン
どうするんだ 知らないぞ
シッパイマン シッパイマン
取り返しがつかないぞ
あーあ
シッパイマンの投げたカバン
シッパイマンの脱いだ上着
シッパイマンの丸くまるめたズボン
悔いのない生き方は後悔の繰り返し
シッパイマンの顔は泣きそうに笑う
シッパイマン シッパイマン
あーあ
(「シッパイマン」/↑THE HIGH-LOWS↓)
シッパイマン シッパイマン
どうするんだ 知らないぞ
シッパイマン シッパイマン
取り返しがつかないぞ
あーあ
シッパイマン シッパイマン
小さくなって消えちゃうぞ
シッパイマン シッパイマン
お面みたいなペラペラの
顔だけになっちゃった
シッパイマンの列に並び
シッパイマンは各駅で
シッパイマンは手すり強く握った
シッパイマン シッパイマン
どうするんだ 知らないぞ
シッパイマン シッパイマン
取り返しがつかないぞ
あーあ
シッパイマンの投げたカバン
シッパイマンの脱いだ上着
シッパイマンの丸くまるめたズボン
悔いのない生き方は後悔の繰り返し
シッパイマンの顔は泣きそうに笑う
シッパイマン シッパイマン
あーあ
(「シッパイマン」/↑THE HIGH-LOWS↓)
髪を切りました 【9月29日(月)】
2003年9月29日 およそ4カ月ぶり(だったみたい)に髪を切りに行きました。以前住んでいた辺りの店を今でも使っているのですが、この店の人たちはスポーツ好きが多い。特にサッカーは人気が高いからみんな色々なことを話す。趣味で修斗(総合格闘技)をやっているという(今もやっているかどうかは知らない)金髪の店員さんは僕を見るなりこう言った「昨日いらしたら驚いたかもしれなかったのに」。話を聞くと、現在東京ヴェルディ1969で監督を務めているアルディレス監督がこの店を利用しているのだという。そして、昨日の客の中に彼がいたのだ。この理髪店の近辺のレストランでアルバイトをしている先輩からも「よく来るんだ。オレはサインをもらった」などと話を聞いていたので、それほど驚かなかったが、まさか同じ理髪店だったとは。
以前には、タクシーで似たようなことがあった。僕は小田急線沿線に住んでいるのだが、小田急線に並行して走る道路と言えば世田谷通りを思い出す人が多いはず。しかし、経堂から歩いて帰ることが少なくない僕は、もっと線路に近い城山通りという道があることを知っている。「世田谷通りですね」「いや、城山通りから行って下さい」ここまではよくあるのだが、ある時、城山通りを走っている時に運転手さんが言った。「あー、この道は……。以前にね、あのー、昔ボクサーだった……、なんていったかな、あの人が同じこと言ってましたね。『あっちの道(世田谷通り)ではアカン、ここをこう行って』と言ってましたよ」どうやら、僕は赤井英和さんと同じ道を指示したらしいのだ。
こういった偶然は、なぜか心が躍る。ものすごく楽しい気持ちになる。僕はいつも偶然性に憧れている。映画や本も「ふと見たくなった、ふと読みたくなった」という時に出会った方が楽しい。偶然はドキドキする。次はどんな偶然に出会えるだろう。
以前には、タクシーで似たようなことがあった。僕は小田急線沿線に住んでいるのだが、小田急線に並行して走る道路と言えば世田谷通りを思い出す人が多いはず。しかし、経堂から歩いて帰ることが少なくない僕は、もっと線路に近い城山通りという道があることを知っている。「世田谷通りですね」「いや、城山通りから行って下さい」ここまではよくあるのだが、ある時、城山通りを走っている時に運転手さんが言った。「あー、この道は……。以前にね、あのー、昔ボクサーだった……、なんていったかな、あの人が同じこと言ってましたね。『あっちの道(世田谷通り)ではアカン、ここをこう行って』と言ってましたよ」どうやら、僕は赤井英和さんと同じ道を指示したらしいのだ。
こういった偶然は、なぜか心が躍る。ものすごく楽しい気持ちになる。僕はいつも偶然性に憧れている。映画や本も「ふと見たくなった、ふと読みたくなった」という時に出会った方が楽しい。偶然はドキドキする。次はどんな偶然に出会えるだろう。
雨は降り止まないが 【9月20日(土)】
2003年9月20日 久々に土曜日の休日。昼過ぎから雨の中、八幡山でフットサルの紅白戦を行った。八幡山フットサルコートは、学生時代に「スポナビ倶楽部」を通して結成した「FCさて屋」のホームグラウンド。そう言えば、そのチームでやっていた時も、ここを使う時は雨が多かった気がする……。やっぱり下手で、やっぱり動きも足りないけど「サッカーは楽しい」と実感した。駅からやや遠い難点を思い出しつつ、1人で先にコートを後にすることにした。みんなと飯を食いたい気持ちもあったが、Jリーグを観に行こうと思ったからだ。
一度部屋に戻って着替えを済まして飯を食ったら、横浜国際総合競技場への到着は、試合開始に15分ほど遅れた。なんと、すでに横浜FマリノスのFW久保竜彦が先制点を挙げていた。僕が応援している横浜Fマリノスは、相変わらず疑問符が多く付きまとうサポーターたちの聞き取れない応援歌の中、雨に打たれては走り回った。前半を1−0で折り返すが、後半序盤にはDFラインのコントロールミスから失点。しかし、そこから怒涛の反撃でなんと4点を追加。終わってみれば5−1の大勝だった。疲労で頭がぼんやりしていることも手伝っただろうが、後半は笑いっ放しだった気がする。観に行った試合で、これほどの大勝はなかったかもしれない。内容云々もすっ飛ばしてスカッとした。清水エスパルスを応援しているダンディさん(会社の先輩)、この日記を読まなかったことにしようと思っているでしょうが、どうなのよ、この結果。
帰宅途中に少年サッカー時代の友人ニシザワと合流。世田谷通り沿いの「江川亭」で、ラーメンをすすりながら、しばし歓談。さすがにしんどい一日で、垂れ流しの日記となりました。お許しを。
一度部屋に戻って着替えを済まして飯を食ったら、横浜国際総合競技場への到着は、試合開始に15分ほど遅れた。なんと、すでに横浜FマリノスのFW久保竜彦が先制点を挙げていた。僕が応援している横浜Fマリノスは、相変わらず疑問符が多く付きまとうサポーターたちの聞き取れない応援歌の中、雨に打たれては走り回った。前半を1−0で折り返すが、後半序盤にはDFラインのコントロールミスから失点。しかし、そこから怒涛の反撃でなんと4点を追加。終わってみれば5−1の大勝だった。疲労で頭がぼんやりしていることも手伝っただろうが、後半は笑いっ放しだった気がする。観に行った試合で、これほどの大勝はなかったかもしれない。内容云々もすっ飛ばしてスカッとした。清水エスパルスを応援しているダンディさん(会社の先輩)、この日記を読まなかったことにしようと思っているでしょうが、どうなのよ、この結果。
帰宅途中に少年サッカー時代の友人ニシザワと合流。世田谷通り沿いの「江川亭」で、ラーメンをすすりながら、しばし歓談。さすがにしんどい一日で、垂れ流しの日記となりました。お許しを。
エナン、全仏に続き全米も制覇 【9月7日(日)】
2003年9月7日 普通の会社員にとっては、遅過ぎる時間だが、昼出社の僕にとっては若干早い目覚め。午前9時、TBSテレビはニューヨークの死闘を生中継していた。テニスの全米オープン女子決勝は、キム・クライシュテルスvsジェスティーヌ・エナン・アーデンのベルギー勢対決。伊達公子の活躍でテニスに目を向けることができた僕にとって、エナンは伊達以降のヒロインである。切れ味鋭いシングルのバックハンドもさることながら、なんとなく、彼女が試合中に見せる「よし!」といった表情が好き。結構、不安も自信も顔に出るタイプのような気がする。別にアイドルのように可愛いとか綺麗とか思わないが、彼女の表情が僕は好きだ。
帽子の後ろから出ている、彼女のポニーテールは縦横無尽に走り回った。シーソーゲームの第1セットを取ると、第2セットは一方的に。前日には地元・米国のジェニファー・カプリアティを激闘の末に制したものの、痙攣を起こして点滴を打ったというが、言われなければ分からないぐらいの好調ぶりを発揮して、一気に試合をものにした。
今年の全仏オープンに続く4大大会優勝。エナンのちょっと突き出たアゴが頬を緩ませ、楽しそうに笑ったのを見届け、僕は会社に向かった。エナンのテニスは見ていて楽しい。ぜひ一度、生観戦したいものだ。そんなわけで、今日はちょっとテンション高めです。
帽子の後ろから出ている、彼女のポニーテールは縦横無尽に走り回った。シーソーゲームの第1セットを取ると、第2セットは一方的に。前日には地元・米国のジェニファー・カプリアティを激闘の末に制したものの、痙攣を起こして点滴を打ったというが、言われなければ分からないぐらいの好調ぶりを発揮して、一気に試合をものにした。
今年の全仏オープンに続く4大大会優勝。エナンのちょっと突き出たアゴが頬を緩ませ、楽しそうに笑ったのを見届け、僕は会社に向かった。エナンのテニスは見ていて楽しい。ぜひ一度、生観戦したいものだ。そんなわけで、今日はちょっとテンション高めです。
機械は信用に足りない【9月6日(土)】
2003年9月6日 サンケイスポーツが6日に伝えるところによれば、米国・カリフォルニア州のディズニーランドで起きたジェットコースター「ビッグサンダー・マウンテン」の脱線事故を受けて、東京ディズニーランドも6日の朝からビッグサンダー・マウンテンの運行を中止。事故原因が判明するまでは運行を見合わせるという。
僕は遊園地が嫌いだ。例えば、ジェットコースターが苦手な人がいる。それは、多くの場合、そのスピードや高さに“スリル”を感じるわけだが、僕の場合は同様に観覧車も怖いと思う。機械に命を預けるのが怖いというか、嫌なのだ。機械は使いこなさないと信用できない。ドラえもんやターミネーターもうっかり友達気分にはなれないというものだ。
そう言いながら、エレベーターしか移動手段のない高層ビルに毎日通う。皮肉な日々が続くのだ。
僕は遊園地が嫌いだ。例えば、ジェットコースターが苦手な人がいる。それは、多くの場合、そのスピードや高さに“スリル”を感じるわけだが、僕の場合は同様に観覧車も怖いと思う。機械に命を預けるのが怖いというか、嫌なのだ。機械は使いこなさないと信用できない。ドラえもんやターミネーターもうっかり友達気分にはなれないというものだ。
そう言いながら、エレベーターしか移動手段のない高層ビルに毎日通う。皮肉な日々が続くのだ。
準備はいいかい? 【9月4日(木)】
2003年9月4日 これまでの「将来の夢」は、そろそろ叶えるべき時期が近付いている。24歳は、僕が昔から漠然と「最も輝ける時」をイメージする年齢だった。少しずつの手応えで満足している場合でないことは薄々感じてはいたけれど、そろそろ勝負に出る準備ができていなければいけない。今のままでは、まるで「家出してやる!」と言い放ったはいいものの、どこにも行けず数時間後に家に戻った、小学生の頃と同じだ。
『出る杭は打たれ強く』という言葉を用いた時、「その杭は、どんどん出て行かないと」と言われたことがある。人生に巻き戻しはないから、どのみち片道切符だ。ならば恐れず突き進むがいい。時はすぐに来る。いや、もう来ているかもしれない。そのチャンスを逃してはいけない。アントニオ猪木じゃないけれど「いつ、なんどき、どんな戦い」になっても、自分をぶつける準備はできていなければならない。腐れ会社からいつでも飛び立てるように、もう準備ができていなければ。
準備はできたか。鬼は呼んでいる。「もーう、いいかい?」
誰もいないカラッポのベッド
傷口に眠る無責任な弾丸
ガンスリンガー
弱い者は助けたいけれど
臆病者はうっとおしいだけ
ガンスリンガー
置き手紙も残さないで
捨てゼリフのその代わりに
鉛の流線型
いつか空に届くような
シャレコウベの山を築く
ガンスリンガー
夜明け前に息を殺し
分け前さえ数えもせず
鉛の流線型
(ガンスリンガー/↑THE HIGH-LOWS↓)
『出る杭は打たれ強く』という言葉を用いた時、「その杭は、どんどん出て行かないと」と言われたことがある。人生に巻き戻しはないから、どのみち片道切符だ。ならば恐れず突き進むがいい。時はすぐに来る。いや、もう来ているかもしれない。そのチャンスを逃してはいけない。アントニオ猪木じゃないけれど「いつ、なんどき、どんな戦い」になっても、自分をぶつける準備はできていなければならない。腐れ会社からいつでも飛び立てるように、もう準備ができていなければ。
準備はできたか。鬼は呼んでいる。「もーう、いいかい?」
誰もいないカラッポのベッド
傷口に眠る無責任な弾丸
ガンスリンガー
弱い者は助けたいけれど
臆病者はうっとおしいだけ
ガンスリンガー
置き手紙も残さないで
捨てゼリフのその代わりに
鉛の流線型
いつか空に届くような
シャレコウベの山を築く
ガンスリンガー
夜明け前に息を殺し
分け前さえ数えもせず
鉛の流線型
(ガンスリンガー/↑THE HIGH-LOWS↓)
アホか【9月2日(火)】
2003年9月2日 言うこと聞かなきゃ仕事はできない。言うこと聞いたらクビになる。やってられるか、バカ会社。ミッシェル解散を寂しがる間もなく、不条理が僕の頬を叩く。しかし、その程度で視線をそらしてはいけないことは、学んだつもりだ。このバカ会社め。
サンバン、サンバン、サンバーン! 【8月29日(金)】
2003年8月29日 末續慎吾が2003パリ世界陸上の男子200メートルで銅メダルを獲得した。短距離種目での快挙は、外国人に対する肉体的コンプレックスを刺激するに十分だった。きっと、テレビの前で日本人の多くが自分のことのように「やった!」と思ったことだろう。その中で、僕の耳に残ったのはTBSテレビで解説を務めた伊東浩司の声だった。
末續がゴールした瞬間、伊東氏は「3番! 3番! 3番!」と誇らしげに叫んだ。もう、そうであろうがなかろうが「3番」は譲らない、というぐらいに気持ちの入った「サンバーン!」が心地良かった。末續の走りが快挙を生んだ。先駆者の叫びは、そこへ至る礎の歴史を物語った気がする。そして、その声が長い長いリレーのバトンを今、手にしている末續を後押しし、さらに加速させるに違いない。
サンバン! サンバン! サンバーン!
末續がゴールした瞬間、伊東氏は「3番! 3番! 3番!」と誇らしげに叫んだ。もう、そうであろうがなかろうが「3番」は譲らない、というぐらいに気持ちの入った「サンバーン!」が心地良かった。末續の走りが快挙を生んだ。先駆者の叫びは、そこへ至る礎の歴史を物語った気がする。そして、その声が長い長いリレーのバトンを今、手にしている末續を後押しし、さらに加速させるに違いない。
サンバン! サンバン! サンバーン!
最近の悩み 【8月28日(木)】
2003年8月28日 おそらくは2カ月ぐらい、髪を切っていません。そして、人生24年5カ月で最長の長さに達しました(多分)。前髪を下に引っ張ると、目を越えて鼻の頭ぐらいまで届きます。「その程度か」と思われる人の方が多いのかもしれませんが、なにせ僕の髪型はずっと「ミリ単位の世界」で調整されていたもので。ところで、髪を伸ばしたのはいいのですが、ここからどうすればいいのか分からないんですよ、実は(笑)。どーしたもんかなー。
「夏休み」って美味しいの? 【8月21日(木)】
2003年8月21日 3つ目という異常現象が1週間も続いたせいか、僕の体には疲労が蓄積している。まるで殺虫剤から逃れようとするゴキブリのごとく、帰国早々に国内を必死で走り回っている人には悪いのだが、正直に言ってしんどい。
僕:「いやー、こんなことを言うのは申し訳ないんですけど、なんか今日しんどいんですよ」
上司:「いや、オレもしんどいよ、本当に」
僕:「そうですよね、それに比べたら……とは思うんですけど」
上司:「人がなんで夏休みを取るのか分かったよ」
僕:「えーと、今まで知らなかったんですか……?」
上司:「うん?」
しんどい……。
僕:「いやー、こんなことを言うのは申し訳ないんですけど、なんか今日しんどいんですよ」
上司:「いや、オレもしんどいよ、本当に」
僕:「そうですよね、それに比べたら……とは思うんですけど」
上司:「人がなんで夏休みを取るのか分かったよ」
僕:「えーと、今まで知らなかったんですか……?」
上司:「うん?」
しんどい……。
3つ目 【8月20日(水)】
2003年8月20日「有能な騎手は、目をスタンドに置いてくる」――先週、上司が海外に数日の出張に出た。分かってはいたことだが『いるとウザいが、いないと困る』。担当班の人数が極端に少ないため、その間の国内の指揮は僕が任された。早朝6時から終電までの弛まないサイクルに身を置き、1人2役に挑戦する。ところが2役やっても上司1役に遠く及ばない。力のなさを実感する頃、僕の額にはもう1つの目が開き始めた。
新しい目から見る世界では、僕は「使えない編集記者」だった。目が3つになってしまったにも関わらず、元々ブサイクな僕はさほど気にすることもなく、意外と冷静に事実と向き合うことができた。少し慣れてくると、自分の2つの目は閉じてみたりもした。僕の額に開眼した「デスク」という目は、ひどい乱視ではあるが、貴重な感覚を与えてくれた。おそらくは、競馬でいうところのスタンドに位置する目に近いだろう。上司が帰国し、2つ目に戻った今も額に目が開いた感覚を思い出すように心掛けたい。
新しい目から見る世界では、僕は「使えない編集記者」だった。目が3つになってしまったにも関わらず、元々ブサイクな僕はさほど気にすることもなく、意外と冷静に事実と向き合うことができた。少し慣れてくると、自分の2つの目は閉じてみたりもした。僕の額に開眼した「デスク」という目は、ひどい乱視ではあるが、貴重な感覚を与えてくれた。おそらくは、競馬でいうところのスタンドに位置する目に近いだろう。上司が帰国し、2つ目に戻った今も額に目が開いた感覚を思い出すように心掛けたい。
元気(そう)な遺体 【8月5日(火)】
2003年8月6日 初めて見る“元気な遺体”だった。今にも起き上がりそうな、ただ眠っているだけにしか見えない表情……。本家のタカヒコおじさんが亡くなった。心筋梗塞による突然死だという。これまで祖父や伯父の告別式に出たが、2人とも病気と戦い続けた苦しさが感じられるやつれ方をしていたが、アイスホッケーで鍛えた体型はそのままで、呼べば動くかのようだ。
当家は、新年会で顔を合わせるのが慣例だ。正直なところ、僕はそれが好きではなかった。1年に1度しか会わないから、だれがどの血筋なのか覚えられない。ガキ同士で遊んではいたが、気の合わない人間の方が多いこともあり、中学・高校になると本格的に嫌になった。こっちは相手が誰だか知らないのに偉そうな婆さんも気に入らなかった(今になって思えば、僕の考え方が間違っているが)。
その新年会では、タカヒコおじさんと僕の親父が酔っ払っては、いい年をしてくだらない会話をしていた。タカヒコおじさんの二男カツトシ君は、僕と同い年。カツトシ君は、それをいつも楽しみにしていた。その一方で、マヌケな姿を笑われている親父に僕は腹を立てていた。でも、カツトシ君は親父をバカにしていたのではなかった。タカヒコおじさんは銀行マンで忙しかったらしい。滅多に家でも顔を合わせなかったカツトシ君にとっては、自分の親父が楽しそうに飲んでいて、自分もその脇にいられることが嬉しかったのだと、いつか言っていた。
タカヒコおじさんは、豪快で陽気で面白かった。新年会のムードメーカーが彼でなかったら、もっと早くに一族の集会は無くなっていただろう。それぞれが自分勝手に動く世の中で、僕が新年会を嫌がったように「金がかかるから」やら「だれそれの話が長いから」と、みんな勝手な理由で離れ気味だ。それでも、タカヒコおじさんの顔を思い出したら「行っておこうか」と思ったものだ。
その顔のままだった。本当は、一人で苦しんでいろんなことを思って亡くなったのだろう。僕は、通夜が終わった後でタカヒコおじさんの顔を見せてもらった。「お世話になりました」と小声で言ったけど、聞こえたら起きてきそうだった。いつも楽しさをくれたおじさんに感謝したい。年に1度しか会わない上、その大切さを分かっていなかった僕が、おじさんの何を分かるものかと自分で思う。それでも、僕はおじさんの顔を一目見ておくべきだと思った。
たまたまの休日に京都まで日帰りで行ったのは、そんな理由だった。かっこいい死に方なんて、きっとない。でも、おじさんの顔はかっこよかった。こんなことを言ってごめんなさい。でも、元気そうな遺体は、おじさんらしかった気がする。
おじさんの顔を見つめる僕に、横から親父が言った。「親より先に死ぬなんて、順序が違う」――タカヒコおじさんの父親(僕らは「ゴッドファーザー」と呼んでいる)は、本家のおじいさん。今は病院で寝たきりだが、強い力で生き続けている。タカヒコおじさんの死を知らせるかどうか、親族は迷ったという。それを僕の親父が伝えたらしい。僕は親父が嫌いだが、親父のやることは誇らしかった。ゴッドファーザーは、実家へ一度戻り、タカヒコおじさんの顔を見たという。せめてそうあるべきだ。
親父は僕に続けて言った。「お前は絶対に、オレより先に死んだらアカンからな」――人の死で多くを学ぶ。僕は僕にとって存在感のある親族3人の死を見てきた。いつまでも背の低い僕に一度も「大きくなったな」と言わなかった母方の祖父キンゾウじいさん。親戚の中で僕が一番好きだった、親父の兄リョウタロウ伯父さん。そして、本家で一番明るかったタカヒコおじさん。僕は生き残る。よって、多くの死を見るだろう。だれの死も無駄にせず、僕は行き続けよう。タカヒコおじさん、今までありがとう。
当家は、新年会で顔を合わせるのが慣例だ。正直なところ、僕はそれが好きではなかった。1年に1度しか会わないから、だれがどの血筋なのか覚えられない。ガキ同士で遊んではいたが、気の合わない人間の方が多いこともあり、中学・高校になると本格的に嫌になった。こっちは相手が誰だか知らないのに偉そうな婆さんも気に入らなかった(今になって思えば、僕の考え方が間違っているが)。
その新年会では、タカヒコおじさんと僕の親父が酔っ払っては、いい年をしてくだらない会話をしていた。タカヒコおじさんの二男カツトシ君は、僕と同い年。カツトシ君は、それをいつも楽しみにしていた。その一方で、マヌケな姿を笑われている親父に僕は腹を立てていた。でも、カツトシ君は親父をバカにしていたのではなかった。タカヒコおじさんは銀行マンで忙しかったらしい。滅多に家でも顔を合わせなかったカツトシ君にとっては、自分の親父が楽しそうに飲んでいて、自分もその脇にいられることが嬉しかったのだと、いつか言っていた。
タカヒコおじさんは、豪快で陽気で面白かった。新年会のムードメーカーが彼でなかったら、もっと早くに一族の集会は無くなっていただろう。それぞれが自分勝手に動く世の中で、僕が新年会を嫌がったように「金がかかるから」やら「だれそれの話が長いから」と、みんな勝手な理由で離れ気味だ。それでも、タカヒコおじさんの顔を思い出したら「行っておこうか」と思ったものだ。
その顔のままだった。本当は、一人で苦しんでいろんなことを思って亡くなったのだろう。僕は、通夜が終わった後でタカヒコおじさんの顔を見せてもらった。「お世話になりました」と小声で言ったけど、聞こえたら起きてきそうだった。いつも楽しさをくれたおじさんに感謝したい。年に1度しか会わない上、その大切さを分かっていなかった僕が、おじさんの何を分かるものかと自分で思う。それでも、僕はおじさんの顔を一目見ておくべきだと思った。
たまたまの休日に京都まで日帰りで行ったのは、そんな理由だった。かっこいい死に方なんて、きっとない。でも、おじさんの顔はかっこよかった。こんなことを言ってごめんなさい。でも、元気そうな遺体は、おじさんらしかった気がする。
おじさんの顔を見つめる僕に、横から親父が言った。「親より先に死ぬなんて、順序が違う」――タカヒコおじさんの父親(僕らは「ゴッドファーザー」と呼んでいる)は、本家のおじいさん。今は病院で寝たきりだが、強い力で生き続けている。タカヒコおじさんの死を知らせるかどうか、親族は迷ったという。それを僕の親父が伝えたらしい。僕は親父が嫌いだが、親父のやることは誇らしかった。ゴッドファーザーは、実家へ一度戻り、タカヒコおじさんの顔を見たという。せめてそうあるべきだ。
親父は僕に続けて言った。「お前は絶対に、オレより先に死んだらアカンからな」――人の死で多くを学ぶ。僕は僕にとって存在感のある親族3人の死を見てきた。いつまでも背の低い僕に一度も「大きくなったな」と言わなかった母方の祖父キンゾウじいさん。親戚の中で僕が一番好きだった、親父の兄リョウタロウ伯父さん。そして、本家で一番明るかったタカヒコおじさん。僕は生き残る。よって、多くの死を見るだろう。だれの死も無駄にせず、僕は行き続けよう。タカヒコおじさん、今までありがとう。
海賊フェチ 【7月28日(月)】
2003年7月28日 地下鉄に3連版で映画の広告が張り出されている。題名は「パイレーツ・オブ・カリビアン -呪われた海賊たち-」夏休み向け映画といったところだろうか。僕は映画が好きな方だと思うが、流行ものや新作はほとんど見ない。それは、ただの偏屈が理由だが……。それなのに、この映画には少し惹かれるところがある。
いつだったか、深夜にテレビ放映されていた映画を見ていた。展開の予想ができてしまうのに、僕はチャンネルを変えなかった。それどころか、居眠りもせずに最後まで見ていたのだ。以前、高校時代の友人カドカワからケビン・コスナー主演の「ウォーター・ワールド」を薦められた時も、映画としては面白くなかったが飽きなかった。実は、このどちらもが海賊映画。どうやら、僕は海賊フェチのようなのだ。
僕は、ウルトラマンを見るように映画の中の海賊を見る。例えるなら、反町隆史になりたいとは思わないが(思ってもなれないが)、松嶋奈々子と結婚できるのは羨ましい。ウルトラマンに変身できたらとは思わないけど、秘密のヒーローにはなりたい。海賊行為をしたいわけではないが、海賊のように海と付き合えたら……。
海賊は、どんな目をしているのだろう。それを知ることができたなら、それは死ぬ時になってしまうかもしれないが。いまだ見ぬものへの憧れを抱き、僕は海賊映画に想いを馳せる。
<リンク参照:パイレーツ・オブ・カリビアン公式サイト>
http://www.movies.co.jp/pirates/
いつだったか、深夜にテレビ放映されていた映画を見ていた。展開の予想ができてしまうのに、僕はチャンネルを変えなかった。それどころか、居眠りもせずに最後まで見ていたのだ。以前、高校時代の友人カドカワからケビン・コスナー主演の「ウォーター・ワールド」を薦められた時も、映画としては面白くなかったが飽きなかった。実は、このどちらもが海賊映画。どうやら、僕は海賊フェチのようなのだ。
僕は、ウルトラマンを見るように映画の中の海賊を見る。例えるなら、反町隆史になりたいとは思わないが(思ってもなれないが)、松嶋奈々子と結婚できるのは羨ましい。ウルトラマンに変身できたらとは思わないけど、秘密のヒーローにはなりたい。海賊行為をしたいわけではないが、海賊のように海と付き合えたら……。
海賊は、どんな目をしているのだろう。それを知ることができたなら、それは死ぬ時になってしまうかもしれないが。いまだ見ぬものへの憧れを抱き、僕は海賊映画に想いを馳せる。
<リンク参照:パイレーツ・オブ・カリビアン公式サイト>
http://www.movies.co.jp/pirates/
ヘビーローテーション 【7月26日(土)】
2003年7月26日 全力疾走するには少し長過ぎた。六本木ヒルズから乃木坂の駅(地下鉄で1駅分に相当する距離)まで必死で走ったら、何とか終電に間に合ったが、苦しかった。呼吸を整えた後、乗り継いだ電車は隅田川の花火大会帰りの浴衣を含め、満員だった。その中で押し合い圧し合いを1時間ほど我慢して自宅に到着した。
最近、CDやMDの整理をしているのだが、以前に実家に帰った際に妹が持っていたCDを3枚ほど焼いたものが出てきた。THIRD EYE BLINDの「BLUE」、STINGの「Ten Summoner’s Tales」、そして、LOVE PSYCHEDELICOの「THE GREATEST HITS」。
取材でタイオイルの臭いがついた服を着替え、一駅ダッシュの汗を洗い流す。その後、冷たいコカ・コーラを飲みながら、チョイスした明日からのヘビーローテーションは、LOVE PSYCHEDELICO。髪を下ろした気分に何となく合うのである。
最近、CDやMDの整理をしているのだが、以前に実家に帰った際に妹が持っていたCDを3枚ほど焼いたものが出てきた。THIRD EYE BLINDの「BLUE」、STINGの「Ten Summoner’s Tales」、そして、LOVE PSYCHEDELICOの「THE GREATEST HITS」。
取材でタイオイルの臭いがついた服を着替え、一駅ダッシュの汗を洗い流す。その後、冷たいコカ・コーラを飲みながら、チョイスした明日からのヘビーローテーションは、LOVE PSYCHEDELICO。髪を下ろした気分に何となく合うのである。
「“スイカップ”は理想のオッパイか !?」 【7月22日(火)】
2003年7月22日 取材現場まで電車に揺られている途中、中吊り広告が気になった。「“スイカップ”は理想のオッパイか !?」――僕は取材を終えて会社に戻る途中、コンビニエンスストアに寄り『週刊プレイボーイ』(集英社)を買った。それは僕が巨乳好きだからではない(好きだけど)。実はMEGUMIのグラビアがどうしても見たくなったからでもない(見たけど)。激ヤバ袋とじ裏DVDベスト11が欲しかったからでもない(袋とじ、開けちゃったけど)。単にマヌケな企画を打ち出した姿勢が面白かったから。中吊り広告で見た見出しの答えなんて「十人十色」の一言で済んでしまうのは明白なのだから……。
ちなみに、一応説明しておくと“スイカップ”とは、J2モンテディオ山形の柱谷幸一監督との不倫騒動で注目を集めた(一部掲示板では「モンデタロ山形」、「モンデタヨ山形」と揶揄された)、NHK山形の古瀬絵里キャスターの豊かなバストを「スイカのように大きい」という意味で表現した(はずの)俗語(一部報道では“魔乳”とも書かれていた……)。
さて、ただ胸が大きいだけで全国区でネタにされてしまった女性には、ちょっと可哀想だが、話を続けさせてもらおう。誌面では週プレ編集部員、AV監督の溜池ゴロー、作家の伴田良輔、精神科医の和田秀樹、さらに杉作J太郎が登場し、あれこれ好き勝手なことを言うのだが、終盤、突如として、格闘家の美濃輪育久が登場(!)。所属していた団体パンクラスを退団し、海外へ武者修行に行くと豪語したパンク野郎が「絶対、巨乳はハズせません」などと語っているさまは(本当に言ったかどうかは知らないが)、ある種の驚愕を憶えた(実際には大笑いしたが)。
しかし、まあ、僕ら男はオッパイ1つで(2つで?)阿呆ほど話を盛り上げることができてしまう。若き日の僕は「1に柔らかさ、2に形、3に大きさ」などと御託を並べていたっけ。そして、頭がエロスに洗脳されたところで最後まで読みきり、分かりきっていたオチを知る。「“スイカップ”は理想のオッパイか !?」の問いの答えは、どこにも書かれていない――。
ちなみに、一応説明しておくと“スイカップ”とは、J2モンテディオ山形の柱谷幸一監督との不倫騒動で注目を集めた(一部掲示板では「モンデタロ山形」、「モンデタヨ山形」と揶揄された)、NHK山形の古瀬絵里キャスターの豊かなバストを「スイカのように大きい」という意味で表現した(はずの)俗語(一部報道では“魔乳”とも書かれていた……)。
さて、ただ胸が大きいだけで全国区でネタにされてしまった女性には、ちょっと可哀想だが、話を続けさせてもらおう。誌面では週プレ編集部員、AV監督の溜池ゴロー、作家の伴田良輔、精神科医の和田秀樹、さらに杉作J太郎が登場し、あれこれ好き勝手なことを言うのだが、終盤、突如として、格闘家の美濃輪育久が登場(!)。所属していた団体パンクラスを退団し、海外へ武者修行に行くと豪語したパンク野郎が「絶対、巨乳はハズせません」などと語っているさまは(本当に言ったかどうかは知らないが)、ある種の驚愕を憶えた(実際には大笑いしたが)。
しかし、まあ、僕ら男はオッパイ1つで(2つで?)阿呆ほど話を盛り上げることができてしまう。若き日の僕は「1に柔らかさ、2に形、3に大きさ」などと御託を並べていたっけ。そして、頭がエロスに洗脳されたところで最後まで読みきり、分かりきっていたオチを知る。「“スイカップ”は理想のオッパイか !?」の問いの答えは、どこにも書かれていない――。