刃物による殺傷事件が後を絶たない。

 刃物に「人を刺すものではありません」と注意書きを彫って売るようにしては、どうか。

 「そんな、子どもじゃあるまいし」と僕でも思うが、同じように思うことが現実に起きている。
 昨日、おっぱいの話を書いてみた。世の中に「フェチ」という言葉が普及しつつある頃、
僕は、自分をその言葉に当てはめるなら「おっぱいフェチ」なのだと思っていた。
しかし、どうやらそれは勘違いだったようだ。おっぱいは大好きだが「フェチ」とは違う。
おっぱい好きは、ある程度説明ができてしまうのだが、もっと説明し難い魅力を感じる。
それこそが、おそらく「フェチ」の真髄であろう。僕は、間違いなく「脚フェチ」である。
 だれが最初に言ったのか。世の中では、すっかり「おっぱい星人」なる言葉が市民権を得た感がある。
そのために「オレ、おっぱい星人なんだよね〜」と言えば、相手に嫌悪感を持たれることなく、
自身のおっぱい好きを主張できるようになった。

 しかし、僕はこの言葉を良しとしない。「おっぱい星人」という言葉に守らなければ主張できない程度なら、
いっそ隠し持っていればいいのである。オレは、おっぱいが大好き。しかし「おっぱい星人」にあらず。
マ・クベの言葉を思い出せ。一緒にしてくれるなよ。てやんでい。
 何年かに一度、髪を伸ばそうと思うことがある。

 頼るアイデンティティをかなぐり捨てたい時だ。

 あえて混ざりたくなる。分母に割り込んでいく。

 そこからオリジナリティを求める戦いを仕掛ける。

 何も考えずに迎合するほど、従順じゃあないさ。

 汚い計算と、器の小さい企みがあるって話に決まってる。
 また夢中になりたい。10年も前からずっと思っている。
人生わずか50年と思いながら、10年も何をしているのか。
このまま終わって行くのか。
 「麺熱、つけ麺」。以上。
 何も書くことがない日でも、何か面白いことを書きたいと思う。

 時々、ウソでも書こうかと思う時がある。

 パリに日帰りで行ってきた話とか、琵琶湖でフェラーリを釣った話とか。
 復帰したばかりでいきなり休みというのもまた、サボっている気になる。今日はプラプラと渋谷まで麻雀を打ちに行ってきた。元上司のナカムラさんと、会社の先輩のタケウチさんと、ナカムラさんが呼び出したヤマウチさんとで、昼から夕方まで。ゲストが一人負けという何ともし難い雰囲気の中、麻雀は終了。その後は、3人で焼肉へ行って来た。

 いろいろな話をしたはずなのだが、覚えているのは、渋谷の夜道でタバコの自動販売機を探すタケウチさんは、まるでコソドロのようだった、ということばかりなのである。
 ようやく仕事に復帰した。いきなり、埼玉高速鉄道に乗って取材へ。すると、電車の中にカメラを置き忘れてあたふた……。下車後すぐに気付いたので、事なきを得たが、やはり、電車の荷棚は危ういと実感した。電車に乗る時は、たとえ新幹線でも荷物は足元に置くことにしている。荷棚は、どうしても忘れてしまうのだ。油断のならない存在である。
 自宅療養最終日。本当はこの日から出勤したかったのだが(行きたい取材があったから)、大事を取って休むことにした。何だかとてもサボっているような気分になる。部屋にこもっている方が不健康な気になる。そんなこんなを考えながら、僕は今日もゴロゴロするばかりである。
 心身ともに、薬の副作用と思われる影響は見られなかった。どうやら無事に一夜を越えたらしい。そうは言っても、インフルエンザが完治したわけではないので、自宅療養。毎度思うことだが、一人暮らしで寝込むことほど、気落ちすることはない。
 インフルエンザの特効薬として一気に普及している「タミフル」という薬がある。毎年流行る病気の特効薬ということで、その存在感は絶大だが、一方で副作用の危険性も一部で報じられている。

 秋田でも勧められたのだが、できれば避けたいと思って断った。しかし、東京でも勧められた薬の名前は同じだった。もはや、拒否権はないように思われた。早いうちに治さなければならない。

 一人暮らしの部屋で副作用に怯えながら「タミフル」を服用した。恐怖に怯えながら、決して広くはない一人暮らしの部屋で、僕は眠りについた。
 本来なら出張から戻って仕事をする予定だったが、もはや体調面は最悪だった。それでも、帰京さえしてしまえばどうにかなる。ホテルからタクシーで大館駅へ移動し、そこから秋田駅行きの電車に乗ったのだが、ここで思わぬ戦いを強いられた。まず、電車が積雪で大幅に遅れてしまい、まったく動かない。あまりにも体調が悪いので、秋田で病院に行こうと考えていたのだが、その秋田になかなか着かない。

 車内は暖房が入っているのだが、寒気は収まらない。そして、ピークを超えると今度は熱くて仕方がなくなり「いくら暖房が効いていても、それじゃあ寒いだろう」というぐらいの胸元のはだけ具合になりつつ、意識を保とうとしたが、戦いに敗れた。座席に座って背もたれに寄りかかっているため、見た目には分からなかったのだろうが、もはや意識は朦朧。体を動かすことも喋ることもできないし、どういうわけか耳も聞こえない。これまで、貧血で倒れたことが何かあるが、その倒れる直前の状態になった。しかも、いつもと違って、その時間がとにかく長い。不安感がどんどん高まっていく恐怖があった。そして、いつの間にか意識を失った。初めに感覚が戻ったのは右手。かすかに寒さを感じた。そして、次第に視覚や聴覚が戻ってくる。「あー、助かった」と、体をあれこれ動かして大きな後遺症がないことを確認する。その時、額に手を当てると「ビチャ」と音がした。気が付くと、大きくはだけた胸元にも大量の汗が浮かんでいる。もはや「ベトベトする」程度ではなく、風呂から上がったばかりかと思うぐらいの水量で。

 どうにかこうにか秋田駅にたどり着き、まずは喫茶店で水分補給を行って体の様子を見たが、やはりこれから新幹線に乗る数時間で同じことが起きないかという不安は拭えなかった。観光案内所で駅から近い内科を紹介してもらい、診察を受けた。そこでは、点滴を打つはずだったのだが、打っていると終電がなくなってしまうため、とりあえず1日分の薬をもらうだけに留めた。

 病院と薬が嫌いな僕が診察を受けた一番の理由は「安心を買う」ためだ。すごく皮肉だ。でも、不安感が除かれると、体は極めて正常時に近い状態で動いてくれる。診断結果は思ったとおり「インフルエンザ」。不本意ながら、翌日に予定していた都内での取材は、代理者を立ててもらうように手配した。情けない気持ちと疲労感しかなかったが、秋田新幹線“こまち”に乗り、東京へ戻った。
 ゆっくり昼近くまで眠ったが、体調が思わしくない。嫌な予感を抱えながらも、次の取材先である秋田の大館へ向かった。何とか仕事は無事に終え、きりたんぽをご馳走になり、貴重な話を聞くことができた。しかし、夜はビジネスホテルの薄い布団では、とても耐えられないぐらいの寒さに襲われ、発熱を確信した。

 最初は風邪をひいたのかと思ったのだが、何せ出張前に遊びに出かけるわけだから、湯冷めをしないなんていうのは当然のことながら、ほかにも体調管理には十分に気を使った。風邪をひく理由は見当たらなかった。そんなわけで、熱の高ぶりようを感じながら、ある病気の名前が頭に浮かんだ。
 酸ヶ湯温泉で朝風呂に入り、旅モードは終了。この日の取材会場である八戸市内屋内センターへ向かった。いわゆる“雪国”ならではの施設は、これまでに何かで読んだり聞いたりしたことはあっても見たことがなかった。ややコンパクトな草野球場を屋内に組み込んだような施設。外はいつ止むとも分からない積雪。屋外でプレーしたいと思ったところで、この雪ではどうにもならない。単純な感想ではあるが「なるほどなあ」と体感した次第だった。

 取材を終えた後は、今回の出張チームでご飯を食べて日程終了。しかし、夜は少ししんどくてなかなか寝付けなかった。このときに気付いていれば良かったのだが……。
ジャッパ汁→大間のトロ→酸ヶ湯温泉 【1月20日(金)】
 気分最高である。文句がない。

 この日はフリーなので、遊び放題に遊んだ。朝は弘前城観覧。しかし、真っ白な雪が降り積もった場所に「〜〜跡」の案内看板を見ても、一体どこからどこまでの何がそうであるのか不明だった。なぜか本丸の資料館も空いておらず、ひとしきり周回するのみだった。江戸時代の天守閣を現存しているとは言え、建物にさほど見るべきところはなく、どちらかと言えば城を取り囲む多くの樹木の方が趣があるようだった。なるほど、この城は春に訪れるべき箇所である。城廻の後は、スナオに教えてもらった土産物屋「ねぷた村」を軽く覗いて、郷土料理店へ。ここで朝食兼昼食に、名物「ジャッパ汁」と「りんごごはん」をいただいた。鱈のアラや白子を使ったジャッパ汁は、渋い料理で美味しかった。それからまたしばらく雪の中(車道はあるが、歩道はないも同然)を散策し、喫茶店へ。りんご焼きのアイスクリーム添えとコーヒーをいただく。それにしても「落雪注意」の看板が至るところに見受けられる。冬の東北では全家屋の屋根に007がいるようだった。

 さて、昼には弘前を後にして青森へ。ここでは特に目的はなかった。目的地への経由地点であり、立ち寄れば何かを思いつくかと考えていたのだが、駅を出た僕を迎えたのは吹雪だった。ロシアに訪れた大寒波の余波を受けているとも言われる今冬。本日は「大寒」である。迎えのバスが来るまでにはまだ2時間ほど余裕があったが、この状況下では遠出はできない。朝食・昼食の分量がやや少なかったことから、ここでは寿司屋で時間を潰すことにした(旅に出ると気風が良くなり、贅沢になるのです)。そして、ここでうわさの「大間のまぐろ」を発見してしまった。津軽海峡にある大間岬のマグロは、1匹数千万の値が付く。そして、そのほとんどが築地へ運ばれる。地元でも置いているところは多くないという。上にぎりとシャコ、赤貝を食した後で、大間マグロのトロを握ってもらった。「白い」「大きい」「甘い」。食べ終わった後しばらく、お茶を飲むのを拒んだほど、極上の味わいだった。

 夕方には温泉旅館の無料バスに乗って、酸ヶ湯へ。ロックバンド「Quesera Spunky Roars」のギター、スナオが青森出身なので、そこから情報を仕入れたところ「オレより、ベースのコンドウが温泉マニアで泉質とかにもうるさい。そのコンドウが酸ヶ湯はいいと言っていた」という、思わぬ情報とともに教えてくれた場所である。まず、八甲田山中にある旅館の構えがいい。硫黄の匂いがいい。真っ白な景色がいい。部屋もいい。部屋食もかなりいい。そして、温泉最高。湯上りは、ぐっすり。さて、明日からは仕事だ(本当はこれからが本番!)。
真夜中の東北道中 【1月19日(木)】
 冷凍庫から出てきたかのようにつららだらけの車両。アイススケート場のように凍った駅のホーム。駐車場では、車が雪だるまごっこ――21時、青森県の八戸駅で見たのは、そんな光景だった。静かな夜に細やかな雪が降る様は、まさに「しんしんと」と表現するにふさわしかった。

 この日、夕方に東京駅を出発して向かった先は、青森県の弘前。実は21日に八戸で仕事があるのだが、その前に連続休暇が入ったので、一足早く現地入りして1日だけでも旅を楽しもうという魂胆だ。まずは「天守閣が現存する全国12の城」のうちの1つで、最北端にある弘前城を見ようというのが、八戸を通り越して弘前までやって来た理由である。

 諸事情があってこの日は夕方に東京駅を出ることになったため、弘前に到着したのは夜の23時過ぎとなった。東北新幹線「はやて」と特急「つがる」を乗り継いでやってきた弘前の駅前もまた静かだった。大通りの脇に降り積もった白い雪を踏みつつ、予約を入れたビジネスホテルへ向かうと、信号機を前にして違和感を覚えた。大通りを横切るために信号が赤から青に変わるのを待っていたのだが、横断歩道が見当たらない。いや、ないはずはない。道が真っ白で見えないのだ。

 真夜中に東北道中を抜け、僕は“雪国”に降り立った。
 ルースターズの曲に「どうしようもない恋の歌」というのがあるが、思いついてしまった「どうしようもない言葉」がある。本当にどうしようもなく、何にどう使えばいいのか分からないので、単語のままここに書き記してしまうことにする。

「血統書付きの変態」

 どうしてこんな言葉を思いついてしまったのだろうか。でも、どう考えても面白いな。どんな奴だよ。
「ちょろちょろ走るキュートな車」――略して「チョロQ」。僕が生まれた年に、タカラ社が発売したぜんまい式自動車玩具である。小学校の低学年の頃、従兄弟の“あっちゃん”がたくさん持っていたのを記憶している。僕はその中からいくつかをもらって遊んでいた。お気に入りは、コミック『よろしくメカドッグ』仕様のものだった。

 この日記で何度か登場している従兄弟の“あっちゃん”は、タレントの吉沢悠にそっくりの甘いマスクと、東京都で名門として知られる修徳高校サッカー部で1年生から試合に出場した運動神経を持ち合わせており、特に子どもの頃は、その運動能力とともに器用さが目立った。プラモデルなどは得意中の得意で、以前にも書いたが、ガンダムのモビルスーツをかたどった消しゴムに関しては、塗装と一部のゴムの付け替えだけでザクをガンダムにしてしまうような“職人”だった。

 そんな“あっちゃん”が、チョロQを普通に走らせるだけで満足するはずがなく、やはり分解してはシャーシとボディを取り替えたり、ぜんまいの交換をしたりしていた。そして、どうやらぜんまいに関しては「白いぜんまいより、青いぜんまいの方が速く、最も速いのは黒いぜんまいだ」という知識を有したようだった。僕がチョロQを見るとぜんまい仕掛けの“モーター部”の色を確かめるのは“あっちゃん”の「ブラックモーターが一番速いんだぞ」という言葉をずっと覚えているからである。

 さて、話は変わるが、今日は2日ぶりに横浜へ行って来た。もちろん、またも結婚式ということではなく、あるサッカーチームの会見を取材しに行ったのだ(僕が応援しているチームでもある)。会場へ着くと、資料と一緒に“お土産”を渡された。その中に、チームデザインのチョロQがあった。たったそれだけのことが嬉しく感じられ、ふと思い出した「チョロQ話」を綴ってみたという次第である。

 ちなみに“あっちゃん”に関しては、グレて高校を中退した話や、交通事故で目を悪くした話などもあるが、今では建築関係の仕事をする2児の父親である。僕は会ったことがないのだが、奥さんも顔立ちがよく、美男美女の夫婦だということだ(再婚だけどね)。チョロQを見て、もっとも興味を持ったのは、ぜんまいの色ではなく、相当長らく会っていない“あっちゃん”である。今度、遊びに行ってみようかなどと思ったりもした。

 たかがチョロQ、されどチョロQである。
 毛嫌いしているものの中に「ビジュアル系」と呼ばれるものがある。だが、明らかにビジュアル系であるにも関わらず、その細部に至るまでのこだわりと、ちょっと知性を感じさせるセンスに興味を惹かれる存在がある。それは、デーモン小暮閣下である。

 本日付けのデイリースポーツでは、デーモン小暮閣下がNHK『大相撲中継』にゲスト出演した件が記事として紹介されていた。ふと気になり、デーモン小暮閣下の公式ホームページというのを探してみた。あるかどうかは知らなかったが、あるに違いなかった。そして、やっぱりあった。この悪魔は、やっぱり面白いなあ。

HE DEMON KOGURE’S OFFICIAL WEBSITE
デーモン小暮公式ページ
http://www.demon-kogure.jp/index0.html

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